株式会社はこび 代表取締役

武平良介

Ryosuke Takehira

優しさと感謝の気持ちを大切に

武平良介

略歴

6歳からレーシングカートをはじめ、16歳でフォーミュラのチームにフルサポートで合格し、全日本F3選手権でも表彰台を獲得。
高校卒業後は、アチーブメント株式会社に入社。2000件を超えるセミナーを設営・運営したのち、株式会社運動会屋に転職。運動会屋のグループ会社として株式会社はこびを立ち上げ、代表取締役に就任。
仕事をしながらレーサーとして活動していたが、25歳で現役を引退し、現在は後進の指導に当たっている。

現在の仕事についた経緯

17年間のレース人生に区切りをつけた後、約8年間お世話になった会社を退職し、セカンドライフとして何をしたいか探していた時に、株式会社運動会屋(はこびのグループ会社)に出会いました。
求人サイトで仕事を探していた中、数ある募集の中で“運動会”というワードに、ワクワク感を覚え、この会社なら人生を楽しめるかもしれないと思い、応募しました。
レース以外に初めて本気で打ち込んだ運動会屋という新しい職場。やりがいある仕事、充実した日々に満足していたある日、代表の米司から「株式会社はこびの代表をやってみないか。もっと楽しいよ」と声がかかったのをきっかけに、株式会社はこびの代表を務めることとなりました。

仕事へのこだわり

社会人経験は8年あったものの、今まで全力を注いできたのはレースだけでした。
初めて、会社のために全力を尽くそうと思ったのですが、何に全力を尽くしたら良いのか分からず「やれることは全部挑戦する・世界を意識する」を私の決め事としました。
最初は運動会用具を貸し出すレンタル事業部に配属されました。運動会屋には“挑戦を応援する”という社風があり、並行して様々なプロジェクトにチャレンジをしました。
入社して半年が経ったころ、海外出張へ行くスタッフの募集があり、「世界を意識する」と決めていた私は迷わず手を挙げ、初めてインド出張の機会を得ることができました。
他にも、運動会を世界へ広げる活動「UNDOKAIワールドキャラバン」や「Win Together」でアメリカやルワンダへ、また国内ではショールームの運営、最近では「オンライン運動会」や新設された「経営企画部」に従事するなど、貴重な経験を積んでまいりました。
もちろんメインはレンタル事業部の仕事。他の事業は、メインの仕事が終わってからになります。当然、帰宅時間が遅くなり、家に持ち帰って深夜に作業をすることも多かったです。ただ、自分が選んだ“挑戦”です。苦痛に思うことは全くありませんでした。今思えば、もう少し良いやり方があったと思いますが、その時の経験がなければ、今の自分はなかったと思います。
そして、運動会屋へ入社して3年目。また新たな挑戦が始まりました。2020年8月、はこびの代表取締役として新たな一歩を踏み出しました。はこびは、お客様のお荷物とともに大切な「想い」も運ぶ会社です。思いやりの気持ちを持ち、人と人との繋がりを大切にすることで、より良い社会の創造に向け、地域社会に貢献すべく、私の挑戦は続きます。

若者へのメッセージ

運動会屋に入社してからの約2年間は、色々な事に挑戦し、様々な経験を積みました。「若いうちの苦労は買ってでもしろ」という言葉がありますが、確かに大変ではありましたが、私にとって苦労ではなく大切な経験となりました。その経験が今のポジションに私を導いてくれたのです。
私はレーサーの時代から思っていますが、努力と頑張りには上限がないと思っています。私は甘い性格なので、自分で上限を決めてしまうからです。努力の上限を決めなかったからこそレースでも全日本F3選手権まで参戦できたと思いますし、仕事でも色々なことに挑戦して、その時の苦労を経験だと思えることができたのだと思います。
今、私自身の人生を振り返ると、大変だったなと思う時期も正直ありました。しかし、後悔は全くしていませんし、むしろ、どれも楽しく良い人生経験だったと思います。どんな苦労も大変さも乗り越えられれば思い出となります。努力が無限なら必ず乗り越えられます。
後悔のない、楽しい人生を送れる人が増えることを祈っています。