ダイバースファーム株式会社共同創業者 副社長

島村雅晴

Masaharu Shimamura

冷静なる情熱

島村雅晴

略歴

大阪の料亭にて9年間勤務。
2005年に独立。大阪に懐石料理「雲鶴」を開店。
2020年に培養肉の研究開発ベンチャーのダイバースファーム株式会社を共同創業。
2015年より7年連続でミシュラン1つ星。

現在の仕事についた経緯

現在の私の仕事は、懐石料理「雲鶴」とダイバースファーム株式会社です。
料理人が培養肉ベンチャーを立ち上げたと言うと、よく驚かれたり、なぜ?と疑問を持たれたりしますが、私の中ではずっと一つの線で繋がっています。

元々、料理だけが好きだったではなく、電子工作やプログラミングなど、何でも自分でやってみることが好きでした。子供の頃から、自分で釣った魚をよく料理していましたし、生まれ育った和歌山には、近畿大学の生物理工学部や水産研究所があるので、小学生の頃は、近大で魚や野菜の品種改良をしたいと夢見ていました。

料理の道に進むことを決めたのは高校生の時です。
実は、科学者の白衣を着るか、調理師の白衣を着るかで迷い、料理を選びました。
当時、私の頭には、バイオテックや魚の養殖など、やりたい事がたくさんありました。
それらを改めて考えると「食」という共通項が見えたので料理を選びました。
共通項があれば、他のやりたいことをするチャンスも得られると思ったのです。
なので、高校時代は経営者についての本を好んで読み、就職してからはネイチャーを定期購読しつつ、脳科学・解剖・分生物学・コンピュータープログラム・調理科学・・・。
様々な本を読む中で、どうしても頭から離れなかった分野は、環境や人権、飢餓や医療でした。

私は、「たまたま」日本に生まれたので、自身で飢餓を経験したことはありません。
でも、生まれる場所は自分では選べないのに、「たまたま」飢餓や紛争地域に生まれてしまった人は・・・
そう思うと、平等ではないと強く感じました。これも今も変わりません。

懐石料理「雲鶴」を創業して、大阪の伝統野菜との出会ってからは、農家や地域活性化に取り組んでいるかた、伝統食の保護・推進に取り組んでいるかた達との繋がりもでき、地産地消や地域の特性・地域の食文化に興味持つようになりました。それぞれの取り組みがより良いものになるように、連携やフィードバックをしており、これも今後力を入れたいことの一つです。

そんなわけで、ダイバースファームを設立したことも、私の中ではごく自然な流れでした。
「雲鶴」で使う食材を環境負荷の少ない物にと考えたことから培養肉に着目したのですが、培養肉はまだまだ研究の発展途上の段階で当然ながら手に入りませんし、既製品を調達できるようになるには相当の年数がかかると思われました。
そんな折に知り合ったのが、ダイバースファーム共同創業者である再生医療ベンチャーの大野氏です。
大野氏と意気投合し、また培養肉は元々やりたかったバイオテックでもあるので、ダイバースファームの設立はごく自然な流れでした。
培養肉のベースは高度な再生医療技術ですが、アウトプットは食品なので、細胞の塊から食材のレベルにまで引き上げ、最終的には広く一般に受け入れられる物にしなければなりません。だからこそ料理人として研究・開発に携わることは大きな意味があると思っています。

仕事へのこだわり

社名のダイバースファームはDiverse Farm=多様性の農場です。
牛を育てて食肉を得るために、肉1キロ当たり28キロの穀物が使われています。その穀物を作るためには大量の水が必要です。日本にいるので、これも全く身近に感じることはありませんが、世界的に見ると食糧も水も不足していて、水の奪い合いによる紛争が今も起こっています。
水不足が紛争を招き、紛争が飢餓を招く負の連鎖が現実に起きているのです。
それを断ち切るための策の一つに培養肉はなると思います。

培養肉は資源効率が非常に良く、特に水は技術が進歩すれば現在より98%も削減できるようになるという試算もあります。
誤解のないように付け加えると、私は食肉をすべて培養肉に置き換えようと思っているわけではありません。
天然・飼育・植物性などの選択肢の中に、培養肉という選択肢を加えることで、一つの資源にかかる環境負荷を分散させようと言っているのです。
今までの選択肢だけでは、資源を食い尽くしてしまうことはWFPをはじめ様々な機関で周知されています。
今の食文化や伝統的な技術・文化を守り受け継いでいくためには、今ある資源を食い尽くさないことが大前提です。そのためには、今ある資源の使用量を持続可能な範囲に収める必要があり、そのために多様な選択肢が必要だと思うのです。

そして、培養肉が広く普及すれば、そこからまた新しい食文化が生まれる、そんな多様な社会の実現。
これがダイバースファームの名前の由来です。
環境負荷を削減したい。次の世代にきれいな地球を渡したい。
自分たちの世代のツケを払わせたくない。
私は食の分野で20年以上仕事をしているので、これからも「食」を通じて、世の中のために改善出来ることをやっていこうと思っています。

若者へのメッセージ

私の座右の銘は、スペインの哲学者オルテガ・イ・ガセットの「大学の使命」の中の言葉「冷静なる情熱」です。
やりたい事が思い浮かんだ時、それが本当にやりたい事なのか、それとも一過性の気持ちの高まりなのか、冷静に見極める必要があります。そして、いざ取り組む時には鉄の意志を持って臨む、その原動力となるのが情熱です。

もし、今ぼんやりとでもやりたいことがあるのであれば、一歩踏み出してしまえば良いです。
そうすれば、よりはっきりとその分野の事がわかります。予想より良かった部分、悪かった部分、予想とは全く違うことも出てくるでしょう。その時にまた判断をすれば良いのです。やり直しや学びはいくらでもできます。夢を一つに絞る必要もありません。いろいろチャレンジしてほしいです。

私も料理をしながら、培養肉や養殖魚の開発、環境保全や資源回復など、小さな頃に夢みていた様々なことに取り組んでいます。
その色々な取り組みが相乗効果を生み、新たな繋がりを作っています。
常に「冷静なる情熱」をもって、ぜひ色々なことにチャレンジしてください。