シェパード株式会社代表取締役

犬塚康太朗

Kotaro Inuzuka

やるときはやる、ぬくときはぬく

犬塚康太朗

略歴

昭和61年東京都世田谷区生まれ。
立教大学卒業後独立リーグ・群馬ダイヤモンドペガサスで内野手としてプレー。引退後は東京で約3年会社員として勤めた後ニューヨークに渡米。
帰国後は米系不動産会社に勤務した後、29歳で会社設立。

現在の仕事についた経緯

ニューヨークから東京に帰国後、ニューヨークで不動産をやっていた友達に声をかけてもらったのが不動産業を始めたきっかけです。最初はとても軽い気持ちで始めました。
しかし働いているうちに生まれ育った東京、都会が大好きなことに気付かされました。
今考えると、自分の少ない人生経験の中で決めつけずまずやってみるという気持ちが大事だったのかと思います。
現役時代は記録に残るより記憶に残る選手になることを目標にやってきましたが、これからは生き方で魅せる人間になりたいと思い起業しました。
一人でも多くの人に夢や希望を与えられるように努力していきたいと思っています。

仕事へのこだわり

大前提として社会人としての挨拶、礼儀をきっちりすることです。
新人のときにそれが周りとの差別化ができる自分の長所であることに気付きました。
厳しい体育会にいたおかげでその部分は自信を持てています。
見た目や清潔感も大事ですがそこがしっかりしていれば営業として良い印象を与えることができます。

次に人とのお付き合いを大切にすることです。
人のために些細なことでも自分ができること、役に立てることを見つけるように考えています。
また会合や会食の席などは予定がない限りは極力出るようにしています。
人との出会い、仕事の種、営業のチャンスをなるべく逃さないように考えています。

そしてすべてを前向きに捉えることです。
今では仕事は楽しいと感じていますがそうでない仕事もあります。
元々落ち込むことがめったにないタイプなのでポジティブに捉えられるのかもしれませんが、何か小さな楽しみを見つけたり、その仕事の先にある前向きなものを探したり考えたりするようにしています。

若者へのメッセージ

夢や目標を見つけてそれに向かって努力してください。
そしてたくさん苦労してください。
目先の勉強や仕事の先に夢や目標があるのとないのとではモチベーションが違ってきます。
夢や目標が見つけられない人は色んなことに挑戦してみてください。
いろんな経験や体験をしているうちに見つかるかもしれません。

私は26歳のときに会社を辞めて上京感覚でニューヨークに渡米しました。
当時の日本人男性の平均寿命が80歳に届かないぐらいだったのですが計算したら人生の3分の1が終わっていることに気付きました。
20代なのに人生あっという間だなと感じ、そこから自分を見つめ直しました。
会社から与えられるノルマや目標はあるものの、野球を辞めてから自分自身の夢も目標もなく生きていたことに気付き、何かを変えたいと思い会社を辞めて渡米しました。

英語もまともに話せない中での初めての海外生活はとても刺激的でした。
ほとんど貯金もしていなかったので生活するのに必死だった上、事件に遭い住むところを失ったこともありました。
かなり苦労はしましたが、普通ではなかなかできないような経験がとてもいい経験だったと感じています。