株式会社弁才天 代表取締役社長
大野淳平
Jumpei Ohno略歴
1988年、愛知県名古屋市生まれ。
明治大学を卒業後、友人の父親の会社に入社。「社会不適合者」の烙印を押されて退職。
その後、広告代理店を経てPR業でフリーランスに。クライアントワークの傍ら、古着や立ち飲みなど趣味を仕事に店を作っていった結果、大福に辿り着き現在に至る。
明治大学を卒業後、友人の父親の会社に入社。「社会不適合者」の烙印を押されて退職。
その後、広告代理店を経てPR業でフリーランスに。クライアントワークの傍ら、古着や立ち飲みなど趣味を仕事に店を作っていった結果、大福に辿り着き現在に至る。
現在の仕事についた経緯
1社目では社会不適合者、2社目ではコンプライアンス違反と言われてしまい、自分でやるしかないなと思って独立。好き勝手やっていたらこうなりました。
仕事へのこだわり
商品じゃなくて作品。
トレンドじゃなくてカルチャー。
自分が死んだ後も100年200年と続いていくような普遍的な仕事を残して死んでいきたいと思っています。
トレンドじゃなくてカルチャー。
自分が死んだ後も100年200年と続いていくような普遍的な仕事を残して死んでいきたいと思っています。
若者へのメッセージ
Instagramでエッセイを書いているので良ければご覧下さい。
「かつて評価されたかった僕へ」という章は、10年前まで若者だった自分に向けて書きました。
「かつて評価されたかった僕へ」という章は、10年前まで若者だった自分に向けて書きました。