アイブレイン株式会社代表取締役

渡邊益弘

Masuhiro Watanabe

臥薪嘗胆

渡邊益弘

略歴

福岡の地元高校卒業後に関東へ上京。その後に社会人をやりながら、茨城大学夜間部へ入学、4年間で卒業後、Uターン転職で福岡へ戻る。5社ほど大手企業を渡り歩き、45歳の時にネット起業をし、現在に至る。

現在の仕事についた経緯

今から25年前の26歳の頃に、趣味で始めたホームページ(コダワリのファッションサイト)が人気となり、コピーライターの糸井重里さんからの問い合わせを契機に、筑摩書房からの出版やNHK番組へ出演したことがあります。
ただ、この頃は趣味の延長上で起きた出来事だったこともあって、ネット上での本格的なビジネスへの参画を決めることが出来ず、起業のタイミングを逃してしまいました。
結局、サラリーマンでの出世を目指す道を私は選び、30歳の頃に大手上場企業への転職。
その企業で特許を取得したり、技術賞を受賞したりと、それなりに順風満帆なサラリーマン人生を送っていたのですが、34歳位の頃に大手外資系企業からヘッドハンティングされ、更に転職をしました。
そこで様々なことがあって、転職後、わずか3ヵ月で鬱病を患います。
この時に、ちょっとした奇跡体験をしました。
奇跡体験後は、地元の上場企業へ縁故で転職をし、サラリーマンでは二度と日の目を浴びることの無く、左遷の憂き目に遭ってずるずると45歳までの10年間、その会社へ身を置いていましたが、34歳の頃の奇跡体験をブログで夜な夜な書いていたところ、このブログがヒットして、スピリチュアル部門のブログランキングで全国1位となったのです。
このことが契機となり、もう一度ネットの世界にのめり込むようになります。
私は、結局、インターネットの世界で生きることしかできない人間だったんだと思うようになるわけです。
今度は、ビジネスとして本格的に取り組みました。
その甲斐あってネット上でマネタイズできる仕組みを開発し、45歳でネットビジネスを武器に起業して、現在に至っています。

仕事へのこだわり

45歳でネットビジネスを武器に起業して、現在に至っています。
17. 仕事へのこだわり(新人時代からどういうSTYLEを築かれてきたかなど): ズバリ!『愛』です。
ここを主軸に、生きて来ましたし、これからもこの部分に揺るぎはありません。
愛を注ぐ必要のないものは、一切加担しませんし、単にお金を稼ぐことが目的のようなものにも時間を投入することはしません。
サラリーマン時代、大企業を渡り歩いて来て、愛を感じた上司はたった2人だけでした(愛を感じただけ幸せだったかもw)。当社は、会社全体で愛を届けたいと思うようになり、社名にも愛を入れさせていただいております。
また、取引先も愛を感じる会社さんばかりです(いつもお世話になっています*^^*)。
もっともっと、多くの企業が愛を持つ人達によって支えられて、恥ずかしがらずに愛を堂々と掲げてビジネスを展開すれば、日本はあっというまに、世界のトップに躍り出ることができるようになると、私は本気で考えています。
当社は、これからも愛を届けて参ります。

若者へのメッセージ

コロナによって、私達は生き方そのものが変わりました。
何が正しくて、何が正しくないのか?
何が常識で、何が非常識であるのかも、今やその定義そのものが無くなってしまったと思います。

そんな中で常に考えなくてはならないものは、普遍的なものとは何か?だと思います。
どんな状況下におかれても変わることのない価値とは何か?
それは、「健康」であったり、「時間」であったり、この資本主義社会においては「お金」であったりしますが、絶対的であるものがたった一つだけありますよね?
それは『死』ですよね。
人はいつか死にます。
私もあなたも、100年後にはこの世にいない可能性が極めて高い(99.9%以上でしょうw)。
200年後という時間が過ぎれば、100%この世にはいませんよね。

だから、今、何を持って生きるべきなのか?

お金ですか?
時間ですか?
健康ですか?

死が絶対であることがわかっているのならば、必要なものはたった一つだけではないでしょうか?

それは、『愛』であると私は確信しています。