株式会社ARI設計 代表/建築作家

泉 俊郎

Toshiro Izumi

設計は感謝

泉 俊郎

略歴

1950年生まれ、宮城高専卒後、父母に頼み1日1食と決め自宅土蔵で1年間の独学。
2回目の北海道回りは、九州の大学生の事件の直後だったのでクマに出会ったらと母に反対されたが、日本全国を3回に分けて1段ギアの自転車で野宿旅行をした。途中で、皆様にいっぱいお世話になった。
1年後、2月はじめに、大阪で4月からの求職活動をし、最初の会社で採用となった。
4月から建築の本質を学ぶために施工会社の現場を希望し株式会社淺沼組に勤務した。和歌山・奈良・京都と4か所の現場事務所に泊まり、2年9か月を過ごした。
幾度も社長宅へ押しかけ希望が叶い、株式会社東畑建築事務所へ1月5日に入社。大阪、東京と5年3ヶ月の学び、さらに4年間千葉市の株式会社桑田建築事務所で人の3倍を目標に学ぶ。
仙台で開設準備を1年ほど経て33歳でアリ(ARI)設計開設。

現在の仕事についた経緯

小学校5年のころ、鶏の卵を取る日課で鶏糞の上を歩くのが苦痛でした。自分で考え材料を揃えて地上70センチほど浮かせて鶏舎を作りました。約10羽ほどが入る小屋でしたが、臭わないし産卵が増えたうえ、鶏の寿命が延びたとのこと。近所で数件が建てられたと父に聞いて、自分のものづくりに自信を持った記憶があります。

中学の進路指導も東京での一浪覚悟で自分で決めました。高専3年ころ、医者か建築家で迷っていた時に、最前列で脳外科手術の映像を見て気持ちが悪くなりました。医術の道を諦め、一路建築家の道が定まりました。自作のタクトを振っていたり、絵や彫刻も野宿旅行も週一回の雨天不問の卒業年の20キロマラソンも『真善美』の学びと体験として、自分に課した学生時代でした。卒業研究『衆の追求基礎研究』は、教授から認めないといわれましたが、『衆の在り方』も『衆建築』も大切と主張し、私の担当を受けてくれた教授のおかげで完成させました。これらは、今も「道の駅」の経済システムや「街づくり」に繋がってきています。

1級建築士の資格は25歳ごろ1回で合格しましたが、何もわかっていない自分は大学の入学試験合格者と自認し、翌年から3年間の日本建築大学という通信教育を本気で受けました。 
そして友達や親戚の仕事は、10年間は受けないと決意し独立しました。自分に自信を持てずに仕事を続け39歳になりました。この時の5階建てビルを機会にプロの1級建築士として自分の可能性を覚えました。ビフォーアフターの出演断りや、建築文化の掲載断りも、本当の実力が身に付いていないとの自覚があった為と思います。

これまで、3~7人のスタッフと何度かコンペテッションに挑戦してきました。今は、幼稚園・保育園のプロポーザルは、勝率が60パーセントを越え、自分の仕事が出来つつあります。これからも施工者やメーカーと、プロの設計者としての立つ位置を正しく保ち、未知の岩場の中を可能な限り高い山を目指したいです。

仕事へのこだわり

行列の毎日続く料理店。同じ用途・面積で家賃が高い賃貸建物。定員増し上限が続く施設。満室のテナントビルや都市型施設。一番公正に評価してくれるのは、お客やテナントなどの利用者。住んで、使って、利用して、多くの人が認めてくれる、選んでくれる建物や施設には共通の要素があります。それらには、プロの建築家が全身全霊を尽くして自分を超えて生まれてくる『真善美』が表れています。
土地と依頼者や環境を裏切らないプロとしてのクリエイティブな設計者なら可能です。私も新しい建物に取り組む前にその土地に手を着き誓います。美味しい料理・名医の診断・名画の創作等それらの全てに大切な『真善美』の要素があり生かされていると確信します。
私のこれからも、依頼された仕事へ可能な限りの努力を続けます。

若者へのメッセージ

私も若い時があり、もう少し違う生き方があったと思います。しかし、ここまでのプロセスをやり替えても、本質的に結果が変わって良くなるとは思えません。
若さの特権と思って、正しいと思ったり諦めきれない希望は、考え過ぎずに、全力で当たって学び挑戦することをお勧めします。苦労や努力を惜しまず頑張りましょう。
その後は、自分にふさわしい結果が育まれ、成長して形成されると思います。

REPORT

業界一筋、叩き上げで歩んでこられたとお話しされる泉代表。
まずは、なんでもやって見て覚えるという姿勢で、難しいことや大変なことも楽しんで突き詰めてこられた代表が行き着いたのが今のお仕事でした。
「初志貫徹」を誰よりも体現され、一度決めたことはなにがなんでもやりとげる力強さが立ち振る舞いから伝わり、魅了される方も多いのではないでしょうか。
人とのご縁を大切にされ、筋を通し真っ直ぐ未来を見つめる視線の先には従業員の方の幸せを第一に考え、俺についてこいと言わんばかりの覚悟と信念を感じられました。
常に初心に立ち帰り、業界への恩を忘れず、お客様とのやり取りも楽しみの一つとして、顧客第一主義を貫く泉代表の周りには同志が集まり、積極的にお仕事に励まれている印象です。