株式会社ガット 代表取締役

山下雄大

Yuta Yamashita

損して徳取れ

山下雄大

略歴

大阪外語専門学校卒業後、初めの1年間は経理システム販売の営業マンとして従事。
その後、転職し現在の業界に入る。
転職後すぐは大手に入り、5年ほど勤めた後、ITベンチャーへ転職。
現在に至るまで、3社ほど転職をしているがどれもベンチャー企業ばかり。
2020年に今までの経験を活かし、独立。

現在の仕事についた経緯

略歴にも記載しておりますが、私の社会人人生は、2020年までサラリーマンでした。
26歳で結婚し、当時お給料も安かったので、転職を決意し、ベンチャー企業に就職してなんとか業績を上げ、お給料を上げる事しか考えないサラリーマンでした。
その後、子供も2人授かり、2019年までは決して順風満帆とまでは言えませんでしたが、日々暮らしていて、このままサラリーマンで人生が終わって行くのだと勝手に思ってました。
2020年を迎え、また1年頑張ろう!と思った矢先に、父が亡くなりました。

父とは、真剣な話など一切した事が無かったのですが、父の死に目に立ち合い、言葉では言い表すことの出来ない、心の揺らぎを感じました。
その後、葬儀等を全て終え、残る仕事は相続。
父は、中学卒業と同時に田舎から大阪に出てきて、個人事業主を経て、建築会社を設立し、亡くなるまで、会社を経営していました。父自身も職人として。

相続処理をしているときに、このまま父が遺した物が現金として変わっていくことが、私自身嫌だったので、弟には父個人の資産全て、私は会社を相続するという形で相続処理を終えました。
そこで、父が遺した会社は建築会社、私は二代目無知で経験もない代表、ノウハウもなく、人脈も何も無い、実績も無い。
これでは戦えないと思ったので、私が今まで培ってきた能力・人脈を生かせるよう社名も変更し、業務内容も変え、新たにスタートした次第です。

仕事へのこだわり

社会人1年目から一貫して、いかに人を巻き込んで仕事をしていくかを念頭に置いていました。
私自身、学も無く、突出した能力も無いので、私が出来ないところをカバーしてもらったり、逆に私がカバー出来るところはカバーして仕事を進めていました。
その方が、一人で仕事をするよりはるかに効率が良いですし、職場の雰囲気も良く、業績も上がっていきました。

そこで必要不可欠な要素として、人間関係があります。
独りよがりな行動をしていては人は離れていきます。
上から目線で、相手に対しリスペクトが無い言動・行動をすれば、人に嫌われます。
常に相手の立場に立って、相手の気持ちを汲み、いかにお互いが気持ちよく仕事が出来る環境を構築できるかを、今も考えて行動しています。
学生時代・社会人時代を通して、一部の方たちですが、私だったら絶対しないような、発言・言動をする方たちがいました。なりたくない人達がいてくれたので、今の私があると思っています。

抽象的な表現ですが、初心忘るべからず、常に謙虚で相手にリスペクトをもって行動していると、すぐに結果は出ずとも、必ず後に成果として現れるものだと思います。
それは部下だったり、お客様だったり、プライベートだったり。多方面において、必ず成果は出ると私は信じています。

若者へのメッセージ

生きにくい世の中だと思います。
私も実際そう感じる事がたくさんあります。
また、現在コロナ禍で、今まで普通だったものが、普通ではない状況が続いています。
小さい頃に夢見ていた現実とは違い、失望し、問題を打破する力がない自分を責めたり、はたまた将来に対して夢や希望を持てなかったり。
私もそうでした。
ずっと見えない道を進んでいる感覚は本当に辛いと思います。

ただ、もし私の言葉に少しでも耳を傾けて頂けるのならば、これだけは信じて欲しいです。
人生、無駄な事なんて一つもないです。
たかだか35年しか私は生きていないですし、みなさんとさほど年齢も変わらないかもしれません。
何を知ってるんだと言われれば何も知らないかもしれません。

ですが、人生に無駄な事なんて一つもない。私はそう信じています。
決して人のせいにせず、日々一生懸命生きて、良い事も悪い事も経験して行けば、みなさんが生きてきた証が今後、明るい道を作っていく光になると思います。
もちろんそこには、みなさんの大事な友人・職場の方々、家族も関わってきます。
その方々と悩みを共有したり、助け合い、時には喧嘩しながら、一生懸命生きていくことがみなさんの将来を明るく照らしてくれるものになっていきます。

世知辛い世の中ですが、一緒に一生懸命生きていきましょう!